大判例

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東京高等裁判所 昭和30年(く)56号 決定

本籍 新潟市○○○○○番地

住居 ○○○少年院在院中

H 昭和十年七月十七日生

抗告人 父

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告理由の要旨は、

一、本人は先に少年院に入院中普通の少年に立ち還つたものと思われるから、本件の非行は友人の勧誘によつてなしたものと思われる。

一、本人は追々成人し自己反省をするようになつて来ているが、未だ意志が薄弱なため鑑別所に在所中友人と約束して本件非行に及んだものと思われる。

一、七月四日の原裁判所における審判の日に裁判官の面前にて前非を悔い、お詑びをしたのに、裁判官が入院と決定なさろうとしたので、本人は短気にもカツとなつて、入院させられたら最早直らん。と放言したことが、係裁判官の感情を傷めたものと思われる。

一、家人一同、親戚も挙つて本人の指導監督に当ることを申合わせているから今回は御寛大な処置をとつて頂き度い。

一、本人の父○松は神経痛が全治せず従つて一年半も収入なく、母は賃仕事をなし、一家五人は新潟市から生活扶助二千余円を受けている有様である。

本人はこの家の長男であると自覚したならば身を慎しみ生業に忠実であるべき筈だと思う。将来はこの点を充分自覚させ再び悪の道に走らぬよう十分な監督をする。

以上の理由によつて原決定を取消し、本人を帰宅できるよう懇願するため本件抗告に及んだ次第である。というにある。

よつて原裁判所より送附を受けた少年調査記録、少年保護事件記録(二册)を調査したところ、少年は昭和二十四年頃(中学二年生当時)から不良仲間とつき合い、共謀して他人のものを窃取売却して映画、飮酒に費したのを初めとし、数々の非行を重ねたので、昭和二十六年五月一日新潟家庭裁判所において、関東地方少年保護委員会の保護観察に付されるに至つた。その後少年の担当保護司、少年の従兄弟である鳶職○辺○松及びその父○辺○太○等の熱意ある補導、指導、監督の下に○松方に住込み鳶職に従事していたが、昭和二十七年に至り十数回の詐欺、恐喝等の非行をなし、前記保護司、○辺父子をしてその補導、監督の困難なるを痛感せしめたのみならず、自ら反省の色もないので、むしろ在宅補導は適切でないとの理由にて同年十月三十一日新潟家庭裁判所において、中等少年院に送附する旨の決定を受け、新潟少年院に入院した。昭和二十八年九月二十八日仮退院後は自動車運転助手等を転々とし、特殊飮食店に出入し剰え数々の非行を繰返していたが、担当保護司の熱意、親戚等の懇請もあつたので、昭和二十九年二月二十二日前記裁判所においては、収容補導を避け、保護観察に付してその行状を見守ることにしたが、少年の素行はいささかも治まらず、特殊飮食店に出入し更に窃盜罪を犯すに至つた。その際少年は必ず将来真面目な生活に入ることを誓い、母○ヨ、少年の父の従兄弟に当る会社員○田○代○も、今回を最後として少年を引き取りその更生に責任を持つことを誓約したので、少年の家庭が貧困にして少年の収入を俟たねばならない状況等をも考慮して、これを最後として処分保留のまま観察保護措置を取消した上帰宅就職せしめることとし、昭和三十年五月二十三日少年を帰宅せしめた。しかるに少年は同月二十七日無断家出し、爾来友人等と新潟、新発田市内を放浪し、六月二日には右友人等と共に三回に亘り自転車三台を窃取し、かつ無断上京したものであること。少年の父は教養に欠け、独善であり、家庭が貪困であるのに放縦な生活をなし、少年を経済的の面即ち収入源としてのみ観察して少年の非行に対して感覚薄く、少年を指導監督する能力なく、父のこれ等性格が少年に対し多大の影響を及ばしていること。母はいわゆる人がよいのみで少年を指導する能力には乏しく、家庭内は貪困、不規律、弟妹多く、住居は狭隘であつて、附近には不良の友人が多くいる状況にあること。少年は自主性に欠け反省心なく、虚言を弄してはばからず、真面目たらんとする意慾、努力に欠けていること等の事実が認められる。

以上の如き少年の性格、素行、環境、家庭内の状況、並びに過去における家庭裁判所、担当各保護司、親戚等の熱意、努力にも拘らず非行を繰返した事情を綜合するときは、少年を在宅のまま補導することは困難であるのみならず、むしろ不適当であるというべく、従つて一定期間収容し秩序ある規制の下に教育する以外に方法がないというべきである。

抗告人は本件犯行は、友人の勧誘によつてなしたものと思われる、或は鑑別所に在所中友人となした約束に基いてなしたものと思われると主張し、少年の非行を友人の故になさんとするかの如き主張はしているが、少年の非行性格は前記の如く周囲のものの努力のみにてはこれを矯正するに難く、又不良仲間との交友関係を断ち悪から身を護らんとする意慾、関心に乏しく、これをなし得ない少年の素質、環境等を考慮するときは、仮りに所論の如き事情があつたとすれば、猶更少年を不良仲間から隔離するため一定の場所に収容して教育するを相当と認める。

次に少年が裁判官に対し暴言を弄したので裁判官の感情を害したものと思われると主張するが、原裁判所の裁判官にその主張の如き偏破の虞ありと疑わしめるような事実のあつたことは、記録上認められないのみならず、むしろ原裁判官は少年の将来のために慎重考慮し、その最善を尽さんと努力していることが明認されるから、抗告人の右の主張は、その独善によるものであつて到底採用できない。

次に家人、親戚が将来の指導監督に当ることを申し合わせた旨主張するも、過去における少年の親戚の努力は凡べて失敗に帰していることは前記のとおりであつて、又少年の保護者には、到底少年を指導する能力のないことも亦前記のとおりであるから、この点の主張も理由がない。しかして少年の父が病身であり、一家の生活苦を救うため少年に期待するところのものが多いとしても、今ここで少年を家庭に帰すことが少年にとつて将来に資する所以であるとは記録上認められない。

結局抗告人の主張はすべてその理由なく、将来少年を矯正し真面目な有為なる社会人となすためには、少年の年令、処遇歴、犯罪傾向の進度等より観察し、特別少年院に収容し一定の期間厳重なる監督の下に秩序ある教育をなす要があることが明らかであるから、少年を特別少年院に送致する旨の原決定は洵に相当であつて、何等事実誤認、法令適用の誤りもない。

よつて本件抗告はその理由がないから、刑事訴訟法第四百二十六条第一項により、主文のとおり決定する。

(裁判長判事 三宮富士郎 判事 河原徳治 判事 遠藤吉彦)

送致決定

少年 H 昭和一〇年七月一七日生(職業なし)

本籍 新潟市○○○○○番地

住居 新潟市○○○○○○番地

主文

少年を特別少年院に送致する

理由

(罪となるべき事実)

第一、昭和三〇年四月二五日午後一一時過頃、新潟市○○川町○丁目○○○○番地飮食店○こと○田○ネ方において、同店で遊興中のパナマ国汽船アトランテイツクC号、乗組員ギオギオス・アントニウス所有の赤革ラバソウル短靴一足(時価約五、〇〇〇円相当)を窃取し、

第二、少年と同年輩の○十○誠○郎及び○崎○二○と共謀の上、

(1) 昭和三〇年六月二日午後八時頃、新潟市○○○○○番地○○中学校自転車置場において、新潟市○○○○○○○番地○野○七所有の中古自転車一台(時価一二、〇〇〇円相当)を窃取し、

(2) 同日午後八時三〇分頃、同市○○○○○○○番地○川○サ○方玄関前において、同市○○○○○○○番地の○○○辺○所有の中古自転車一台(時価約七、〇〇〇円相当)を窃取し、

(3) 同日午後九時頃、同市字○○○○○○番地○藤○惣○方玄関前において、○○○郡○町○○○○○番地○野○一○所有の中古自転車一台(時価約五、〇〇〇円相当)を窃取し、たものである。

(保護処分に付する理由)

第一、少年の非行歴及び処遇歴

少年は、昭和二四年頃(中学二年生)から不良仲間とつき合い始め、同二五年から同二六年にかけて窃盜詐欺等の非行をなし、同二六年五月一日当裁判所において保護観察に付されたが、昭和二七年一月から四月にかけて被害額は少額であるが詐欺、恐喝等の非行を多数回くりかえすに至つた。当裁判所は少年にとつての唯一の好条件である少年の親戚○辺○太○の補導の熱意に信頼して、しばらく試験観察に付したところ、当初は更生の兆しをみせたのに結局飮食費の借金を作つたうえ、同年八月一九、二〇日の両日には恐喝の非行をなすという状況であつたため、遂に少年の矯正には収容教育の外なしとして同年一〇月三一日中等少年院送致決定がなされた。収容中は大した事故もなく順調に進級して同二八年九月二八日仮退院したのであるが、その緊張感が解けると共に同二九年一〇月から一二月にかけて梨、自転車、銅線を窃取、同三〇年二月頃現金横領の非行をなした。当裁判所は、なお担当保護司の熱意に期待し、同年二月二二日保護観察に付した(梨、自転車、銅線、窃盜事件は、その決定がなされた後に送致され、審判不開始)。

このようにして、当裁判所は、なるべくなら再び少年院へ収容することなく、少年自ら更生の意欲を生ずることを希つていたのであるが同年四月、又々本件短靴窃盜の非行をなすに至つた。当裁判所は少年が当初この犯行を極力否認していたのに観護措置中に自白したという事実があり、少年の保護者、親戚たちも補導の意欲を見せたので、これを契機として少年の心理的転換もありうることと考え、同年五月二三日終局処分を保留したまま観護措置を取消し、更生の試金石として少年を帰宅就職させた。ところがそれから幾日も経たない同月二七日少年は家を飛び出し、悪友らと共に遊興放浪し、(女遊びの結果、そのころ、軟性下疳にかかり、その後鑑別所の治療をうけている)同年六月二日には三回にわたり、本件自転車窃盜の非行をなした後、上京するなど奔放な行動をなし、当裁判所の期待は水泡に帰したのである。

第二、少年の資質及び環境

屡次の鑑別の結果によると、少年の知能は略正常に近いが嘘言傾向強く、即行性、自己顕示性、爆発性に富み、殊に意志不定性精神病質の疑いありとされており、少年のこのような資質は前記の非行反覆の態様によつて裏づけられていると思われ、且つ長期にわたる非行の反覆によつて少年の上記資質は強化形成せられたものと考えられ、約一一ヶ月にわたる中等少年院における収容教育も、その効果を持続させることができず、遂に少年の犯罪的傾向はその性格に深く根ざし、抜きがたいものになつていると考えられる。

少年の家庭は父母健在であるが、貧困のためもあつて少年を収入源としてのみ眺めている嫌いがあり、父母の少年に対する教化力も乏しく保護能力を認めることができない。このことは本件に際しても観護措置を取消して帰宅させたわずか数日後、少年が東京へ仕事をしに行くというのに対して過去の経験を顧みず漫然放任したという態度にも現われている。

又、少年の親戚等の社会資源もないことはないが既に前記のように昭和二七年頃、試験観察の結果、失敗に帰しその限界を示している。その他少年の交友関係には不良仲間が多く、本件自転車窃盜も鑑別所で知り合つた少年と共謀で行つたものであるし、飮酒、女遊び等に興味を覚えて不健全な場所に出入する傾向がある。

第三、処遇

以上のように少年の犯罪的傾向は深くその資質に根ざすものであり、その環境も彼の犯罪的傾向を促進こそすれ、これを嬌正するに適するものではない。

しかして少年に対する在宅補導はいずれも効果を挙げ得ず、中等少年院における収容教育もその成果を持続させることができなかつた。

かくて少年は近く成年となる日を迎えるが、これを成年として社会に送り出す前にどうしても最後の嬌正教育を施す必要がある。

その嬌正の困難さは予想しつつもなお最後に残された収容教育の手段に希望を托して特別少年院に送致することとする。

(法令の適用)

第一の事実 刑法第二三五条

第二の各事実 同法第二三五条、第六〇条

少年法第二四条第一項第三号

昭和三〇年七月四日

新潟家庭裁判所

裁判官 岡田光了

意見書

少年 H 昭和十年七月十七日生

右少年に対する窃盜保護事件について、当裁判所が昭和三十年七月四日言渡した保護処分の決定に対し右少年の法定代理人から抗告の申立があつたので、少年審判規則第四十五条第二項により別紙のとおり意見を述べる。

昭和三十年七月二十一日

新潟家庭裁判所

裁判官 岡田光了

東京高等裁判所御中

別紙

一、本件抗告理由の第一は、本件非行が友人の勧誘によつてなされたものであるというにある。

しかしながら本件決定の理由である非行事実のうち第一の事実は少年の単独の決意に基づくものであり、友人によつて誘発されたものではない。又、同第二の各事実及び過去においてなした非行の中の多くのものが不良仲間との共謀によつて行われたと認められるが、決定理由中に示したように、それらの非行は、少年に対する様々の嬌正のための処置にもかかわらず反覆して行われたものであつて、かかる不良仲間との交友を断ち切ることのできない少年の資質、環境にこそ問題があるのであり、少年を不良交友関係から隔離するためにも収容教育以外に道がないと考えられる。

二、抗告理由の第二は、少年が審判の際、暴言を吐いたことが担当裁判官の感情を害したというにあり、その意味するところは右の暴言と本件決定との間に因果関係ありとするものの如くである。しかしながら、第一回審判調書にも要約して記載されているように(又、抗告理由自身認めているように)本裁判官が、少年を少年院に送致する決定をなそうと考えている旨を告げて、種々得心させようとしたのに対し、少年が爆発的に「少年院にやるなら、よくなつてやらないぞ」云々の暴言を吐き、興奮著しい状況であつたため、暫く退廷させて感情の鎭静をまち、改めて期日を開いて決定を言渡したのであつて、その時には少年は右の暴言をわび納得した様子を示したものである。

以上のような経緯であり、本裁判官は右暴言等によつて処分を左右したものでないこと勿論である。

三、抗告理由の第三は、少年が成長して反省するようになつたが未だ意志弱く、鑑別所に在所中友人と約束して非行に及んだというにあり、略抗告理由第一と同様であるから改めて述べることもない。

特に少年の成長が犯罪的傾向を脱却する方向ではなく益々その傾向を促進していることは決定理由中に示したところからも認められると考える。

四、抗告理由の第四は、少年の保護者や親戚が本人の指導監督に当ることを申合せているというにあるが、決定理由中にも示したとおり、過去において少年の保護者や親戚にその補導を委託した処置は裁判所の期待を裏切つてすべて失敗に帰したのであり、もはや、そのような方法では少年を嬌正することは不可能であると考えられる。

右のように、本件の抗告理由はいずれも、処分の著しい不当を主張するものの如くであるが、その各点について以上に述べたとおり、本裁判所は種々の資料を総合して少年の矯正のためには収容教育以外に道がないと考え、しかも、その年令、処遇歴、犯罪傾向の進度等からみて、特別少年院送致の処分をなしたのである。

その他、本件決定については、決定に影響を及ぼす法令違反や重大な事実誤認等もないと考えるので、本件抗告はその理由がないものと思料する。

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